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在宅介護8年目|ダブルケアで変わったこと・変わらなかったこと

在宅介護8年目 変わったこと 変わらなかったこと ダブルケア
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夏休みが終わり、上の子が小学校に通い始めました。

小学校にもだいぶ慣れてきたようでホッとしている今、ふと思いました。
——この子が生後1ヶ月のときから、在宅介護が始まったんだよな。

当時は「介護といっても、5年くらいだろう」と、なんとなく思っていました。
それが、こんなに長く続くとは。

はじまりのことは、体験記の1話目に書いています。
▶1|子どもが幸せでなくなるなら、介護はやらないと思っていた

ダブルケアをしている間に、変わったこと・変わらなかったこと。それぞれあります。

今日は、その両方を書いてみようと思います。


祖母の在宅介護は、第一子が生まれた2019年から。いまは子ども3人を育てながら続けています(要介護1→現在は要介護4)。看護師として、2013年から2026年3月まで総合病院で働いていました。この記事は、その体験をもとに書いています。
▶プロフィール

ダブルケアを経験して変わったこと

知識の引き出しが増えた

看護師として新卒から10年以上総合病院で働いてきました。

介護保険のことや福祉のサービスについては、正直よく知りませんでした。
今もまだ勉強中です。

でも祖母を介護してきて、実際にサービスを調べたり使うことで少しずつ知識が増えました。

ケアマネさんや福祉の専門職の人たちと関わる中で、病院の中だけでは見えなかったことが見えてきました。

患者さんやそのご家族と話すとき、以前より引き出しが増えたと感じます。

「この方、退院後に困るだろうな」など、退院後の生活をより具体的に考えるようになりました。
介護する側の孤独や疲弊を想像して、それに応じた声かけを心がけるようになりました。

今は、退職してしまいましたが、また復職するときもこの経験を活かしていきたいです。

「人ってすごい」と思うようになった

看護師として働いていると、正直、俯瞰的に見てしまうことがあります。

「もうご飯は食べられないだろう」「もう話すことはできないだろう」——そういうマイナスの予測を、無意識にしていたところがあったと思います。

でも祖母を見ていると、そうじゃないと思わされることが何度もありました。
90歳を過ぎても、転倒や脳梗塞といった大きなイベントがあるたびに、少しずつ這い上がってくる。その生命力に、何度も驚かされました。

転倒して骨折したあと、また歩けるようになったときのことです。
▶5|転倒と骨折、それでもまた歩いた

認知症が進んでも、笑顔でいてくれる日がある。
失語症でもう喋ることはできない、と言われていたのに話ができる日がある。

医療者的には「変わりなし」の毎日だけど、「今日は調子がいい」と感じる日があります。

体の調子というものを、在宅介護で祖母を毎日みることでより感じるようになりました。
人ってすごい、と思えるようになったのは、祖母のおかげです。

死や老いへの向き合い方が変わった

以前は、認知機能が落ちていくことを純粋に「怖いこと」として見ていました。

でも今は、少し違う見方もできるようになりました。
もしかしたら、認知機能が少しずつ落ちていくのは、死を受け入れるための過程なのかもしれない。そう考えることがあります。

看護師として「死」に向き合うことと、家族として「死」に向き合うことは、全然違いました。
祖母と過ごす中で、それをじわじわと実感しています。


ダブルケアを経験しても変わらなかったこと

介護を理由に諦めたくない、という気持ち

介護をはじめたときから、ずっと変わらなかったことがあります。

「介護があるから〇〇できない」という考え方を、作りたくない。
介護される祖母にとっても、介護している自分にとっても、その思考はお互いに苦しくなる。

だから意識的に、そこには近づかないようにしてきました。

ただ、正直に言うと
——「介護があるから」を、やりたくないことを断る口実にしたことはあります。

大きな目標は諦めたくない。でも、気が乗らない小さな用事は、介護を理由にこっそり断る。

そのくらいの「ずるさ」は、自分に許してもいいのかもしれません。

欲しいものは、諦めない

3人目の子どもは、ずっと欲しいと思っていました。

でも夫と「ばあちゃんのことが落ち着いてから」とずっと話していました。
妊娠・出産、小さい子どもの育児。
大変になるのが怖くて、先送りにしていました。

でもあるとき、ふと思いました。
「介護はいつ終わりが来るか、分からない。自分も歳を取る。もし3人目を授からないまま終わったら、後悔する」

そう思って、妊活を再開しました。
介護を理由に、自分の人生を後回しにしたくなかった。

それは、8年目の今も変わらない気持ちです。

しんどいと、嫌いは別

介護をしていると、ふとひどいことを考えてしまう日もあります。
疲れ果てて、何もかも投げ出したくなる瞬間も。

それでも、祖母が嫌いになったかというと——そうではないと思います。

しんどいと思ったことは何度もあります。でも、続けてこられたのは事実で、それが答えなのかもしれません。

「しんどい」と「嫌い」は、違う。
介護をしている人に、それだけは伝えたいです。

ひどいことを考えてしまった時期のことは、こちらに書きました。
▶祖母を「汚い」と思ってしまった私|産後メンタルと在宅介護で悩んだ気持ち


8年目を迎えて、思うこと

介護は、自分を削るものだと思っていました。

でも今は少し違う気がしています。
削られた部分もあるけれど、介護があったから気づけたこと、持てた視点、感じられた感情もある。

祖母と過ごした時間は、私を強くしてくれたと今では思えます。


今までのことは、全13話の体験記にまとめています。
▶なめていた私のダブルケア【体験記・全13話】