体験記【全13話】

なめていた私のダブルケア【ダブルケア体験記】

「子どもが幸せでなくなるなら、介護はやらない」
——そう決めて、私のダブルケアは始まりました。

第一子が生まれてすぐ、祖母の在宅介護が始まりました。
はじめての育児と、はじめての介護。
子どもは一人、二人、三人と増え、今は6人家族です。

認知症、徘徊、転倒と骨折、そして脳梗塞。
妊娠中に祖母に優しくできなかった日もあれば、
祖母のベッドが子どもたちの遊び場になった日もあります。
「施設に入れたほうがいい」と言われながら、
それでも家に連れて帰ることを選んだ、
看護師で母親でもある私の記録です。

きれいごとだけでは書けなかったことも、そのまま残しています。
介護と子育ての間で揺れている方に、「同じように迷っている人がここにもいる」と感じてもらえたら嬉しいです。全13話、完結しています。


第1話
1|子どもが幸せでなくなるなら、介護はやらないと思っていた
祖母に育てられた私が、子育てと同時に介護を始めるまで。この連載の原点になる話。

第2話
2|利点しかないと思っていた同居
軽い気持ちで始めた同居。新生児育児と認知症介護の現実は、想像を超えていた。

第3話
3|食べ続ける祖母と、止める私
何度も食べ物を求める祖母と、冷蔵庫にロックをつけた私。「管理する側」に変わっていく心の記録。

第4話
4|新築でも、安心は手に入らなかった
新築なら安心できると思っていた。でも祖母は、鍵を開けて外に出た。

第5話
5|転倒と骨折、それでもまた歩いた
骨折、そして繰り返す転倒。「拘束はしない」という看護師の信念と、家族を守ることの間で。

第6話
6|祖母のベッドは子どもたちの遊び場だった
祖母のベッドも車椅子も、子どもたちには遊び場。老いを間近に見て育つということ。

第7話
7|私が倒れたら、我が家は回らない
感染症が家族全員に回った日。自分の健康が家族の生命線だと痛感した話。

第8話
8|夫がいなければ、我が家は回らない
私を支えていたのは夫だった。その夫が、祖母の脳梗塞のとき初めて反対した。

第9話
9|妊娠中、私は祖母に優しくできなかった
ホルモンバランスの乱れと疲れで、余裕を失っていた日々。おむつ交換で感情が爆発してしまった日のこと。

第10話
10|ショートステイから戻らなかった言葉
ショートステイ中に脳梗塞。麻痺と失語が残った祖母を前に、施設か在宅かで揺れた。

第11話
11|それでも祖母を家に連れて帰りたい
「笑顔で挨拶できなくなったらやめる」。自分の基準を決めて、もう一度在宅介護を選んだ。

第12話
12|祖母が帰ってきた日
退院の日。「もう声は聞けない」と思っていた私を待っていたもの。

最終話
13|だって今、私たちは幸せだから
ダブルケアは大変。それでも——最終話のタイトルが、この連載の答えです。