10|ショートステイから戻らなかった言葉

ダブルケア体験記 ショートステイから戻らなかった言葉 ダブルケア

なめていた私のダブルケア 第10話
ー子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録ー
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出産前の予定として、祖母にはショートステイを利用してもらう計画を立てていた。

産休に入ってから1週間ショートステイ。
そのあと一度自宅に戻り、出産予定日の2週間前から4週間のロングショート。

第二子のときと同じ予定を立てた。

最初のショートステイに入って3日後、施設から電話があった。

「朝から右手に力が入らないようで、箸が持てません」
「血圧が200を超えています」

その瞬間、頭に浮かんだのは
脳梗塞
という言葉だった。

ショートステイからは病院へ連れていくことができないとのことで、私が迎えに行き、そのまま病院へ向かった。

祖母は表情がなく、どこか睨まれているようにも見えた。

ばあちゃんって、こんな顔していたっけ。

久しぶりに祖母の顔をまともに見た気がした。

なんだか苦しい気持ちになった。

声をかけても、祖母はまったく反応を返さなかった。

検査の結果、
左中大脳動脈梗塞
と診断された。

さらに、この梗塞以外にも、
脳のあちこちに小さな梗塞がいくつもある状態だと言われた。

命に直結する状態ではない。
ただし、今後食事がとれなくなる可能性もある。

その場合、どうするかを考えていく必要があると説明を受けた。

その話を聞いたとき、後悔の感情が一気にあふれてきた。

最近、私は祖母にひどい態度をとっていた。

優しくできなかった。
きつい言い方もした。

私が強いストレスをかけていたんじゃないか。
祖母を苦しめていたんじゃないか。

なんで、もっと優しくできなかったんだろう。

病室で祖母に声をかけた。

「ごめん。ばあちゃん、ごめん。」

でも返事はなかった。
表情も、変わらなかった。

病院での治療は2週間ほどになると言われた。

その後、どこで療養するかを考えていくことになる。

主治医の先生は言った。

「これから赤ちゃんも生まれるんでしょ?
もう十分頑張ったよ。」

周りの空気も、自然と施設入所の方向になっていた。

でも、私は迷っていた。

このまま施設はだめなんじゃないか。


施設に入れても、顔を見に行けばいいじゃない。
そう思う自分もいた。

でも、きっと
そのうち忙しいとか理由をつけて、会いに行かなくなる。

そんな自分も想像できた。

自分と家族が大事でしょ。
そう思う自分。

でも、ばあちゃんだって家族でしょ。
そう思う自分。

頭の中で、いろんな自分が言い合いをしていた。

その葛藤を、夫に話した。

きっと受け止めてくれると思っていた。

でも夫は、こう言った。

「やめときな。」

少し驚いた。

「○○が家で見たいって言うなら、俺は協力するよ。
でも、このままだと○○倒れるよ。」

その言葉は、図星だった。

すぐには答えを出せなかった。

とりあえず、自宅退院の方向も考えながら
私は出産に集中することにした。

祖母が脳梗塞を起こしたことも、
もしかしたら私に出産に集中してほしかったからなのかもしれない。

そんなふうに、自分を納得させた。


祖母はこの脳梗塞で
右半身麻痺と失語症が残った。

そして私は、
出産と祖母のこれからの介護について
大きな決断をすることになる。


この記事は「なめていた私のダブルケア」第10話です。

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9|妊娠中、私は祖母に優しくできなかった

第11話▶ 
11|それでも祖母を家に連れて帰りたい

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