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看護師ママ

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介護

動ける認知症が一番つらかった|在宅介護でしんどかった時期の話

在宅介護と育児が重なった「ダブルケア」の中で、動ける認知症の時期が一番つらかった理由とは。第一子出産直後から祖母の介護を続けてきた体験をもとに、本音をまとめました。
介護

限界だった私は、怒鳴ったことすらちゃんと覚えていない

ダブルケア(育児と介護)の中で、祖母に怒鳴ってしまった日の話。記憶が曖昧になるほど余裕がなかった当時のリアルな体験と、その後に残った感情を綴ります。同じように限界を感じている方へ。
ダブルケア

13|だって今、私たちは幸せだから

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録の最終話です。脳梗塞で右半身麻痺と失語症になった祖母が、ある日突然声を出しました。ダブルケアの大変さと、その中で感じる小さな幸せ。そしてこれからも続く家族の暮らしについて書いています。
ダブルケア

12|祖母が帰ってきた日

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録です。脳梗塞で入院した祖母が自宅に退院しました。家族で迎えた再会の様子と、これから始まる在宅介護について書いています。
ダブルケア

11|それでも祖母を家に連れて帰りたい

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録です。祖母が脳梗塞で入院。右手が動かなくなるかもしれないと言われた。子どもたちは毎日のようにお見舞いに行きたいと言った。出産間近の私。周りは施設を勧めるが、それでも祖母を家に連れて帰りたいと思いました。
ダブルケア

10|ショートステイから戻らなかった言葉

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録です。祖母がショートステイに入って3日後、施設から電話がありました。「右手に力が入らない」「血圧が200」。診断は脳梗塞。右半身麻痺と言葉を失った祖母に、私は謝ることしかできませんでした。
ダブルケア

9|妊娠中、私は祖母に優しくできなかった

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録です。妊娠中、仕事・育児・祖母の介護が重なり限界だった私。産休に入ったある日、祖母のオムツ交換で感情が抑えられなくなり「痛い!」と叫ばれて我に返りました。
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8|夫がいなければ、我が家は回らない

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録です。ダブルケアの生活が成り立つのは夫のサポートがあるから。私が倒れたらこの家は回らない。でも、夫がいなければ私は立っていられないと思います。
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7|私が倒れたら、我が家は回らない

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録です。子どもが感染症になると家は一気に崩れる。嘔吐、下痢、看病、洗濯。その中で祖母の介護も休むことはできない。私が倒れたらこの家は回らない。ダブルケア家庭のリアルな感染症の話。
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6|祖母のベッドは子どもたちの遊び場だった

子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録です。車椅子になった祖母と子どもたちの楽しい日常の一コマ。ベッドはトランポリン、車椅子はアトラクション。大変な介護の中にもあった穏やかな時間を書きました。