祖母との同居を始めて、5か月ほどたった頃のことです。
当時、子どもは生後6か月。私は祖母の介護と、初めての育児を同時にしていました。
その日、私は祖母に怒鳴りました。
ただ、何があったのかをはっきり覚えていたわけではありません。この記事は、当時のメモを読み返しながら書いています。
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その日は、祖母の誕生日だった
その日は祖母の誕生日でした。
プリンを買ってきて、「おめでとう」と伝えました。夕食には、肉じゃがを作りました。
祖母は肉じゃがの入った鍋をのぞき込み、菜箸でつつきながら、そのまま食べ始めました。
「お皿に入れるから待ってね」
そう言っても、祖母は何度も菜箸を口に運び、また鍋の中に戻します。
当時のメモには、次のやり取りが残っていました。
「その箸、口に入れているでしょ。汚いから鍋に入れないで!」
「あんたは厳しいなぁ」
「あんたじゃない!」
すると祖母は、私を母の名前で呼びました。
「違う!」
「じゃあ、誰だ?」
「知らないよ!」
その声で、近くで寝ていた子どもが泣いて起きました。
子どもの泣き声を聞いて、私は我に返りました。
祖母に怒鳴ったことも、子どもを起こしてしまったことも、何もかもが嫌になりました。
怒鳴った夜のことを、私はあまり覚えていない
その日のことは、ところどころしか覚えていません。
祖母に怒鳴ったことも、あとから自分のメモを読んで思い出しました。
当時の毎日は、介護と育児と家事で過ぎていました。
夜は子どもの夜泣きで眠れない。昼間、祖母がデイサービスに行っている間は、洗濯や買い物、家事や子どもの世話をする。
祖母と離れている時間はあっても、私が休む時間ではありませんでした。
祖母が帰ってくると、また様子を気にしながら過ごします。
今思えば、私はずっと疲れていました。
でも、その頃は自分でも、どのくらい疲れているのか分かっていませんでした。
怒鳴るほど限界になって、ようやくおかしいと気づいたのだと思います。
ショートステイを使うのは、逃げることだと思っていた
祖母と少し離れる時間が必要だったのだと思います。
けれど当時の私は、ショートステイを使うことに抵抗がありました。
自分が楽をするために、祖母を外へ預けるような気がしていたからです。
「このくらい、自分でやらなければ」
そう思っていました。
誰かに「もう無理」と伝えることもできませんでした。
祖母が困っている話はできても、自分が祖母に怒鳴ったことや、祖母と離れたいと思っていることまでは、なかなか言えませんでした。
翌日、祖母は私の名前を聞いた
祖母は、直前にあったことをすぐに忘れてしまうことがよくありました。
怒鳴られたことも、翌日には忘れているだろうと思っていました。
ところが翌日、祖母は私にこう聞きました。
「〇〇……〇〇じゃなくて、なんだった?」
〇〇は、私の母の名前です。
「ゆんだよ」
そう答えると、祖母は言いました。
「ゆんちゃん」
前日のやり取りをどこまで覚えていたのかは、分かりません。
ただ、何も残っていなかったわけではないのかもしれない。そう思いました。
怒鳴ったことを反省するだけでは、何も変わらなかった
祖母に怒鳴ったことを、正当化したいわけではありません。
でも、「もっと優しくしなければ」と自分に言い聞かせるだけでは、同じことがまた起きます。
あのときの私に足りなかったのは、介護への理解や優しさではありませんでした。
眠る時間と、祖母から離れる時間でした。
介護する側の余裕がなくなれば、普段なら流せることにも強く反応してしまいます。
だから、怒鳴ってしまったときに必要なのは、反省することだけではないと思います。
何が負担になっているのか。
眠れているのか。
介護する人が、一人で抱えていないか。
一度、介護から離れる時間を作れないか。
そうしたことを考える必要があります。
ケアマネジャーや家族に相談するときも、きれいに説明しなくていいと思います。
「怒鳴ってしまった」
「このままだと、また怒鳴ると思う」
「少し離れたい」
そこまで伝えて、初めて分かってもらえることもあります。
ケアマネジャーがついていない場合や、誰に言えばいいのか分からないときは、お住まいの地域包括支援センターが窓口になります。介護している家族の相談も受けてくれます。
あのとき必要だったのは、休むことだった
私は祖母に怒鳴りました。
よくなかったと思っています。
でも、あのときの私に必要だったのは、自分を責め続けることではありませんでした。
少し眠ること。
祖母と離れること。
介護を一人で背負わない方法を考えることでした。
その後、私は祖母のショートステイを利用するようになります。
最初は罪悪感がありました。それでも、離れる時間ができたことで、祖母が帰ってきたときに「おかえり」と思えるようになりました。
祖母の誕生日に怒鳴った事実は、消えません。
ただ今は、限界を超える前に離れることも、介護を続けるために必要だったと思っています。
▶ ショートステイを初めて使った日|罪悪感と、楽さと、「おかえり」と思えるまで
祖母を「汚い」と感じてしまったときのことも、別の記事に書いています。
▶ 祖母を「汚い」と思ってしまった私|産後メンタルと在宅介護で悩んだ気持ち
私のダブルケアの記録は、こちらにまとめています。

