私の幼なじみにも、偶然、介護と育児を同時にしていた時期がありました。
あるとき、二人でこんな話をしたことがあります。
「子どもに、介護をどこまで見せる?」
同じ家で暮らしていれば、介護をまったく見せずに過ごすことはできません。
でも、オムツ交換や、家族が弱っていく姿、介護する大人が疲れている姿まで、そのまま見せていいのか。
子どもに何かを学んでほしい気持ちもある。
一方で、介護の負担まで背負わせたくはない。
幼なじみと話したこの問いが、ずっと心に残っていました。
わが家では、要介護1だった祖母が要介護4になるまで、3人の子どもたちと同じ家で暮らしてきました。
祖母への声かけも、オムツ交換も、保湿クリームを塗ることも、子どもたちのいる日常の中で行ってきました。
介護を隠そうとは思いませんでした。
人は年をとること。
少しずつ、できないことが増えていくこと。
誰かの手を借りながら暮らす人がいること。
そして、人を支えることは、きれいなことばかりではないこと。
子どもたちには、そんなことを暮らしの中で知ってほしいという気持ちがありました。
ただし、介護を見ているのだから、いつも祖母に優しくしなさいとは言いませんでした。
「臭い」「嫌だ」「見ないで」
子どもたちから、そんな言葉が出ることもあります。
私は、それも仕方のない感情だと思っています。
幼なじみと話した「子どもに介護をどこまで見せるか」という問いについて、7年間暮らしてきた今の私が思うことを書きます。
▶プロフィール
介護を隠さずに暮らしてきた
祖母の介護をするたびに、子どもたちを別の部屋へ行かせることはしませんでした。
祖母に声をかけるところも、着替えを手伝うところも、保湿クリームを塗るところも、子どもたちは見ています。
オムツ交換をしている同じ部屋に、子どもたちがいることもありました。
介護は特別な時間に、特別な場所でだけ行うものではありません。
ご飯を作ったり、洗濯をしたり、子どもの着替えを手伝ったりすることと同じように、わが家の日常の中にありました。
だから、隠しませんでした。
そして正直に言えば、介護を見ながら育つことで、子どもたちに何かを感じ取ってほしいという気持ちもありました。
できない人がいたら、誰かが手を貸すこと。
元気だった人も、病気や年齢によって身体が変わっていくこと。
車椅子に乗っていても、言葉がうまく出なくても、その人の生活は続いていること。
言葉だけで説明するより、同じ家で一緒に暮らす中で知っていくこともあると思っています。
「臭い」と言うことを叱らなかった
介護を見せてきたからといって、子どもたちがいつも祖母に優しかったわけではありません。
「ばあちゃん、臭いから嫌だ」
そう言われたことがあります。
私が祖母のオムツを交換していると、
「クッサ!」
と言われることもあります。
祖母が子どものほうを見ていると、
「こっち見ないで」
と言うこともあります。
そんなとき、私は「そんなことを言ったらいけない」とは言いませんでした。
排泄のにおいを臭いと感じるのは、自然なことです。
誰かにずっと見られていたら、嫌だと思うこともあります。
祖母に対して、いつも温かい気持ちだけを持てるわけではありません。
それは、子どもだけではなく、介護をしている私も同じです。
私自身、祖母を汚いと思ったことがあります。
何度言っても伝わらないことに、いら立ったこともあります。
優しくできなかった日もあります。
だから、子どもたちにだけ「ばあちゃんを嫌だと思ってはいけない」とは言えませんでした。
祖母を傷つけていいということではありません。
でも、嫌だと思った気持ちまで否定することが、優しさを教えることになるとも思いませんでした。
「臭い」と感じてもいい。
「見ないで」と言ってもいい。
それでも、同じ家で一緒に暮らしていく。
わが家で子どもたちに見せてきた介護は、そういうものだったと思います。
私も、祖母に優しくできない日があった
私が子どもの頃、祖母は、パーキンソン病だった祖父の介護をしていました。
祖母が祖父に、「しっかり歩いて」というような強い言い方をしていたことを、私は今も覚えています。
なんで、もっと優しくしてあげないんだろう。
子どもの私は、そう思っていました。
けれど、自分が介護をする立場になった今は、祖母の気持ちも分かります。
毎日介護をしていれば、余裕がなくなる日があります。
何度も同じことが続けば、穏やかに答えられないこともあります。
子どもたちは、そんな私の姿も見ていたと思います。
子どもの前で、つらさもいら立ちも一切見せずにいられたわけではありません。
ただ、自分のつらさを子どもたちに解決してもらおうとは思いませんでした。
介護は、あくまで大人が背負うもの。
子どもたちは、この家で子どもとして過ごしていい。
介護から何かを学んでほしいという気持ちと、介護の責任を負わせることは、私の中では別のことです。
祖母の部屋は、テレビを見る場所だった
わが家は、リビングであまりテレビをつけません。
でも、祖母の部屋にはテレビがあります。
そのため、子どもたちはテレビが見たくなると、自然に祖母の部屋へ行くようになりました。
介護が一段落したあと、私も祖母の部屋に少し座る。
子どもたちはテレビを見ていて、祖母はそんな子どもたちを見ている。
何か特別な会話をするわけではありません。
それでも、同じ部屋で同じ時間を過ごしていました。
祖母の部屋は、子どもたちにとって「介護をする部屋」だけではありませんでした。
テレビを見たり、ベッドのそばで遊んだり、少し休んだりする場所でした。
祖母が介護されるだけの存在ではなく、子どもたちの日常の中にいたことは、よかったと思っています。
「どうして車椅子なの?」とは聞かれなかった
「どうして、ばあちゃんは車椅子なの?」
いつか子どもたちに聞かれると思い、私は答えを考えていました。
でも、今まで一度も聞かれていません。
祖母は、初めから車椅子だったわけではありません。
介護が始まった頃は要介護1で、自分で歩いていました。
転倒や骨折を繰り返し、脳梗塞も経験して、少しずつ今の姿になりました。
子どもたちは、それぞれの年齢で祖母の変化を見てきました。
歩いていた頃を覚えている子もいれば、車椅子に座っている祖母の姿が、最初から当たり前の子もいます。
だから、わざわざ「どうして?」と聞くことではなかったのかもしれません。
車椅子に乗っていることも、言葉がうまく出なくなったことも含めて、子どもたちにとっては、今そこにいるばあちゃんの姿なのだと思います。
3人それぞれの、ばあちゃんとの距離
祖母との関わり方は、3人とも違います。
一番上の子は、小学1年生です。
少し前までは祖母の手伝いをしたり、一緒に遊んだりしていましたが、今は祖母への関心が薄くなっています。
それでもいいと思っています。
学校や友達など、自分の世界が広がっている時期です。
いつも祖母に関心を持つことを求めるつもりはありません。
真ん中の子は年長です。
気が向くと「一緒にやりたい」と言って、オムツ交換の最後にテープを留めたり、保湿クリームを塗ったりしてくれます。
毎回ではありません。
やりたいときだけ、一緒にやっています。
末っ子は1歳です。
祖母の車椅子やベッドによじ登り、祖母に手を伸ばしたり、ぺちぺちと触ったりしています。
祖母は、それを怒ったり嫌がったりすることがほとんどありません。
祖母と距離が近い時期もあれば、離れる時期もあります。
お手伝いをする日もあれば、関わりたくない日もあります。
介護を手伝うことだけが、祖母を大切にすることではありません。
家族だから、いつも好きで、いつも優しく、いつも一緒にいなければならないわけでもないと思っています。
介護を見せれば、優しくなるわけではない
一番上の子は、小学校で「優しくて、みんなに声をかけてくれる」と言ってもらうことがあります。
真ん中の子も、園で「いつも小さい子のお世話をしてくれる」と聞きます。
そんな話を聞くと、優しい子たちだなと思います。
介護を見て育ったことも、まったく無関係ではないのかもしれません。
でも、「介護を見せたから優しくなった」と言い切ることはできません。
介護を見せれば、子どもが優しく育つ。
そんな単純なものではないと思います。
子どもたちに知ってほしかったのは、介護のきれいな部分だけではありません。
人の身体は変わっていくこと。
排泄物のにおいがすること。
誰かのお世話を面倒だと思う日があること。
介護される人にも、介護する人にも、それを見ている子どもにも、いろいろな感情があること。
そのすべてが、介護のある暮らしです。
「ばあちゃんに優しくしなさい」と教えるよりも、そういう毎日を見て、自分なりに何かを感じてくれたらいい。
私は、そう思っています。
見せることと、我慢させることは違う
子どもに介護をどこまで見せるのが正しいのかは、今も分かりません。
わが家では、介護を隠さずにきました。
介護から何かを学んでほしいという気持ちはあります。
でも、祖母をいつも好きでいることや、介護を手伝うことまでは求めていません。
臭いときは「臭い」と言う。
見られたくないときは「見ないで」と言う。
それも含めて、わが家の日常です。
介護を見せることと、介護のために子どもを我慢させることは違う。
そのことだけは、これからも忘れないようにしたいと思っています。
介護と子育てが一緒にある暮らしについて、こちらの記事にも書いています。
▶ 介護しやすい家の間取りと住宅改修補助|新築×在宅介護の体験
私のダブルケアの記録は、全13話でまとめています。

