なめていた私のダブルケア 最終話
ー子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録ー
その日は、突然やってきた。
祖母が退院して、
1ヶ月ほど経った日のこと。
いつものように、
オムツ交換をするため祖母の部屋に行った。
「オムツ替えるよ〜」
そう声をかけた、そのとき。
「あー!?」
びっくりするほど大きな声だった。
そのあとも、
祖母はなにか喋っていた。
何を言っているのかは
まったく分からない。
でも、
しっかり喋っていた。
「喋った!ばあちゃんが喋った!」
思わず興奮した。
子どもたちも、夫も
慌てて部屋に駆け寄ってきた。
「ばあちゃん喋ってた?何言ったの?」
「何も分からん!宇宙語だわ。
でも、喋ったね!すごい、すごい!」
祖母は私の方を見て、
にこーっと笑った。
久しぶりの笑顔だった。
すごく嬉しかったのを、
今でも覚えている。
でも、それは一瞬だった。
喋った。
笑った。
そう思ったら、
また無表情に戻った。
調子の波があるみたいで、
その後もたまに喋る日がある。
何を言っているのかは
分かったり、分からなかったり。
意味不明な言葉ばかりだけれど、
笑顔は少し増えた。
祖母を喋らせよう、
笑わせようと、
あれこれやってみる。
上の子は、気分で声をかけたり
「こっち見ないでー」と
反抗期みたいなことを言ったり。
真ん中の子は
「〇〇が押す!」と言って
車椅子を押したり、
末っ子を抱っこして祖母に見せたり。
お世話焼きだ。
末っ子も、
つかまり立ちをするようになった。
車椅子やベッド柵につかまって、
祖母のそばにいる。
ダブルケアは、やっぱり大変だ。
もし今、
「これからダブルケアをするか迷っている」
と誰かに相談されたら、
たぶん私は、
止めると思う。
きれいごとでは続かない。
生活も、
気力も、
想像以上に削られる。
それでも。
自分の選択を後悔しているかと
聞かれたら、
答えはたぶん
「いいえ」だ。
だって今、
私たちは幸せだから。
育児と介護。
それぞれを少し
なめていたから始まった
ダブルケア。
でも、
なめていたからこそ
ここまで来られたのかもしれない。
これが、
なめていた私のダブルケア。
そして、今もこれからも続いていく。
あとがき
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
このシリーズを書き始めたのは、自分がすごく頑張っていることを、どこかで漠然と感じていたからです。
漠然としたまま流れていくのが、もったいない気がして。
文章に残してみたかった。
書き終えて、思ったことはひとつです。
私、こんなに頑張っていたんだ。
過去の自分を、抱きしめてあげたいと思いました。
今では笑い話になっていることも、当時は本当に苦しかった。
書きながら読み返すと、今でも胸にグッとくるものがあります。
周りには、あまり弱音を吐かずにやってきました。
だから、ここに書きました。
同じように、育児と介護のあいだで暮らしている方へ。
在宅を選んでも、施設を選んでも、
どちらでもいいのだと、私は思います。
正解は、きっと最後まで分からないから。
この記録が、少しだけ息をつける場所になっていたら嬉しいです。
感想でも、あなたの家の話でも。
返信のいらない、一方通行でも構いません。
よかったら、お問い合わせから聞かせてください。
書くだけで少し軽くなることは、
この13話で、私が一番よく知っています。
この物語に書ききれなかった「お金と制度」の現実は、別の記事にまとめています。
あの頃の私が、知りたかったことばかりです。
この記事は「なめていた私のダブルケア」最終話です。
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12|祖母が帰ってきた日
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