6|祖母のベッドは子どもたちの遊び場だった

ダブルケア体験記 祖母のベッドは子どもたちの遊び場だった ダブルケア

なめていた私のダブルケア 第6話
ー子育てと在宅介護が同時に始まった、私のダブルケアの記録ー
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祖母のベッドは、子どもたちにとってまるでトランポリンだった。

祖母が横になっているのに、
子どもたちはきゃっきゃと笑いながら飛び跳ねている。
リクライニングの角度は、子どもたちには楽しい坂だった。
登って、すべり台のように降りてくる。

祖母は穏やかに、その様子を見ていた。
私と目が合うと、ふっと微笑んだ。

子どもたちのテンションが上がると、祖母にダイブする。
「痛くない?大丈夫?」と心配になるけれど、
祖母は何も言わず受け止めていた。

子どもは「ごめんね」と言いながら、またすぐ遊びに戻る。

あまりに長く遊んでいると
祖母は「向こうに連れてって」と指でちょんちょんする。

でも私が
「まあまあ、もうちょっと遊ばせてあげてよ」と言うと
祖母は困ったように小さく笑って受け入れてくれた。

遊びすぎて疲れると、
祖母のお腹にまるでクッションのように抱きつき休憩していた。

祖母の背中に保湿剤を塗っていると、
「〇〇もやりたい!」と子どもが言う。

気づけば祖母の背中はクリームだらけになっていた。

車椅子もまた、子どもたちの遊び場だった。

デイサービスから祖母が帰ってくると
上の子は車椅子の後ろにつかまって乗り、
下の子は祖母の膝の上に座る。

祖母は「あぶない、あぶない」と言いたげに、
下の子が落ちないようにそっと支えてくれていた。


車椅子での移動は楽だった。

一緒に散歩に出て、
公園まで桜を見に行った。

子どもたちの大好きなドーナツを食べに行った。

スーパーにも、みんなで買い物に行けた。

歩けなくなったことで、
できなくなったこともたくさんあった。

でもその代わりに、
このような時間が増えたのかもしれない。


子どもたちは、祖母ができなくなっていくことを、当たり前のように受け入れていた。
布団から起き上がれなくなったらベッド
歩けなくなったら車椅子。
そして、その車椅子やベッドで遊ぶ。
それが自然だった。

人が老いていくことを、こんなに近くで見る経験は、きっと多くない。

デイサービスの職員さんは、子どもたちにもよく声をかけてくれる。
子どもたちの名前を覚えて呼んでくれて、
「おばあちゃん、幸せだね〜。」と笑ってくれる。

ケアマネさんや、近所のおばあちゃん。
祖母のまわりには、声をかけてくれる大人が何人もいた。

子どもたちは祖母のおかげで、
いろんな大人に見守られて育っている。

それは、思っていたよりもずっとありがたい環境だった。

そして、その子どもたちと祖母の姿を見ることが、
私にとってもやりがいになっている。


この時間がずっと続いてくれたらどれだけ嬉しいか。

でも、家族が増えると、風邪も増える。

一人が倒れると、家は簡単に止まるのだ。


この記事は「なめていた私のダブルケア」第6話です。

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7|私が倒れたら、我が家は回らない

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