「施設に入れたほうが、あなたも楽なんじゃない?」
そう言われるたびに、なんとも言えない気持ちになります。
否定したいわけじゃない。でも…
今日は、私が在宅介護を選び続けている理由を、正直に書いてみようと思います。
理由① 「面倒をみる」と決めて、家を建てた
祖母の家を建て替えるとき、最初、祖母は「このままでいいよ」と言っていました。
それでも私は、「ばあちゃんのことが心配だし、一緒に暮らしたら安心だから」と伝えて、
祖母も「あんたの好きなようにして」と、最後は受け入れてくれました。
私が、祖母の家を壊して、建て替えた。
だから、私には祖母の家を取り上げることができません。
「施設」という選択肢が浮かぶたびに、あのときの自分に引き戻されます。
理由② 最初の1ヶ月が、7年間で一番つらかった
在宅介護を始めたのは、上の子が生まれて1ヶ月のとき。
当時の祖母は自分のことは自分でできていたけれど、認知症がありました。
徘徊、昼夜逆転、何度も同じことを聞かれる。
リビングや玄関に下痢便をされて、泣きながら掃除したこともある。
そのころが、今振り返っても一番しんどかったです。
はじめてで不安ばかりだった、産まれたばかりの赤ちゃんのお世話と並行して。
あれを乗り越えたのに、今さら「施設」にはなれない。それが正直な気持ちです。
理由③ 「丁寧に扱ってもらえるか」が、怖い
今の祖母は、寝たきりで発語もほとんどありません。
声を出して「嫌だ」と言えない。
自分の意思を伝えられない。
そういう状態の人が、施設でどう扱われるか——想像すると、怖くなります。
よい施設もたくさんあると思う。
でも、もし丁寧に扱ってもらえなかったとき、祖母は何も言えない。
それが、どうしても引っかかります。
施設を調べたことはあります。でも、そのたびにやめました。
理由④ 子どもたちに、見せておきたい
我が家には子どもたちが3人いて、ひいおばあちゃんと一緒に暮らしています。
ある日の夕方、こんなことがありました。
上の子がひいおばあちゃんのコップにお茶を注いで、
真ん中の子が空になったコップをそっと片付けて、
末っ子は車椅子のフットレストに乗って、ひいおばあちゃんの脚をバシバシ叩いていました。
誰かに教えたわけじゃない。でも、自然にそうしていた。
ほとんど動けなくて、言葉もほとんどない。
それでも、子どもたちにとってひいおばあちゃんは「大切な家族」なんだと思いました。
老いること、弱くなること、それでも大切にされること。
それを子どもたちに見せておきたい。
人への思いやりとか優しさは自然と伝わっているのかなと思っています。
理由⑤ 7年やってきた。看取りまで、やりきりたい
もうすぐ8年になります。
この7年、祖母は確実に老いていきました。
脳梗塞で入院したり、できていたことが、少しずつできなくなったり。
年々弱っていく姿を、すぐそばで見てきました。
正直に言うと、これは少し、自分のための理由かもしれません。
ここまでやったなら、最後まで。
看取りまでやりきれたら、私はきっと「やり遂げた」と思える気がするんです。
そしてその経験が、自分を少しだけ成長させてくれる気もしています。
立派な理由ではありません。
でも「ここまできたから、最後まで」という気持ちが、今の私を支えています。
施設を選ぶことが、悪いわけじゃない
最後に、ひとつだけ。
施設を選んだ人を、責めたいわけじゃないです。
それぞれの家族に、それぞれの事情がある。
施設を選ぶことも、大切な決断だと思っています。
施設でも在宅でも、一人で抱え込まなくていいと思います。
「ちょっとだけ誰かに頼みたい」。そんな選択肢もあります。
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私は、自分の理由でたくさんの人に頼りながら在宅を選び続けています。
——でも正直に言うと、施設を選ぶ勇気がないのかもしれません。
同じように在宅介護を続けている人に、「あなただけじゃないよ」と伝えたくて、書きました。

